
コラーゲンとゼラチン:かたい肉がほろほろになるまで
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牛すねやブリスケット、豚の肩肉は、ステーキのように焼くと、かたくて噛み切れません。ところが、同じ肉を何時間も煮込んだり、BBQで一日かけて焼いたりすると、フォークで押すだけでほどけるほどやわらかくなります。ふつう肉は火を通すほどかたくなるのに、なぜ長く加熱した肉はやわらかくなるのでしょうか。
答えは、肉の中にある「コラーゲン」というたんぱく質にあります。かたい肉のかたさのもとはコラーゲンで、これが長い時間をかけて「ゼラチン」に変わると、肉はほろほろになります。メキシコのビリアやカルニタス、テキサスのブリスケット、ブラジルのフェイジョアーダ。このブログの煮込みとBBQのレシピは、どれもこの変化を利用しています。
かたい肉は何がかたいのか
肉は、動物の筋肉です。筋肉は、「筋線維」という細長い細胞が、何本も束になってできています。この筋線維を包んでまとめているのが「結合組織」です。
結合組織は、3つの層になっています。
- 筋線維1本1本を包む、ごく薄い膜(筋内膜)
- 筋線維の束をまとめる膜(筋周膜)
- 筋肉全体を包む厚い膜(筋上膜)。生の肉の表面に見える、白く半透明の膜がこれです
結合組織のおもな成分が、コラーゲンです。コラーゲンは、3本のたんぱく質の鎖がよじれ合ってらせんを作り、そのらせんがさらに何本も橋かけ(架橋)でつながった、ロープのように丈夫な繊維です。筋肉や腱、皮、骨の形を支えているのも、このコラーゲンです。
コラーゲンは、よく動かす筋肉ほど多くなります。牛の足のすねや、体重を支える胸のブリスケット、豚の肩などが、かたくて安い部位とされるのはこのためです。また、年をとった動物の肉がかたいのは、結合組織の量が増えるからではなく、コラーゲンの橋かけが増えて、ほどけにくくなるからだと考えられています。
部位によって、コラーゲンの「ほどけやすさ」も違います。アメリカの料理研究機関、アメリカズ・テスト・キッチン(ATK)の実験では、ブリスケットはコラーゲンが多いうえに、ゼラチンに変わりにくいコラーゲンが多く、ほかの煮込み用の部位の2倍ほど、やわらかくなるまでに時間がかかりました。ブリスケットは、牛の体重のおよそ6割を支える胸の肉です。
テキサスで一日がかりで焼くブリスケットの作り方は、こちらで紹介しています。
家庭のオーブンで作るブリスケットテキサス中部のBBQの名物ブリスケットを、燻製器ではなく家庭のオーブンで。塩と黒こしょうだけで140℃で焼き、ブッチャーペーパーで包んで中心温度93〜96℃に仕上げます。ストール、休ませる理由、繊維を断つ切り方を料理科学で解説します。
60℃で縮み、70℃からゆっくりほどける
肉を加熱すると、温度によって中で起こることが変わります。
- 60℃前後:コラーゲンの繊維が縮み始めます。縮んだコラーゲンが筋線維の束を締めつけるので、肉汁が押し出され、肉はかたく、噛みごたえが増します
- 70℃前後から:コラーゲンが少しずつほどけて、水に溶けるゼラチンに変わり始めます。この変化は温度が上がるほど速くなり、90℃台に近づくと大きく進みます
- 90℃台前半〜半ば:かたい部位がいちばんやわらかくなる目安です。BBQの科学で知られるサイト「AmazingRibs」の主宰者ミートヘッド・ゴールドウィンは、プルドポークの焼き上がりを95℃前後にしています
大事なのは、コラーゲンがゼラチンに変わるには「温度」だけでなく「時間」がかかることです。肉の中心が70℃や80℃に届いても、すぐにはやわらかくなりません。大きな塊では、この温度帯に何時間も保つ必要があります。テキサスのブリスケットは、焼き上がりまで最大で16時間ほどかかることもあります。
ステーキを焼きすぎるとかたくなるのは、60℃前後でコラーゲンと筋線維が縮んで肉汁が出ていくのに、ゼラチンに変わるほど長くは加熱しないからです。ステーキ用の部位はもともとコラーゲンが少ないので、レアやミディアムで止めるほうがおいしく食べられます。かたい部位は逆に、縮んでかたくなる段階を通り過ぎて、コラーゲンがほどけるところまで加熱を続けます。
ミートヘッドの作り方で、豚の肩肉を長く焼くプルドポークはこちらです。
家庭のオーブンで作るプルドポークノースカロライナ東部の本場のプルドポークを、燻製器ではなく家庭のオーブンで。豚肩ロースを140℃で焼き、中心温度91〜96℃でほろほろに。ドライ・ブライン、コラーゲンのゼラチン化、ストールの理由を料理科学で解説します。
ゼラチンがしっとり感とコクを生む
長く加熱すると、筋線維そのものは縮んで水分を失い続けます。料理科学者ハロルド・マギーは、ほろほろになった煮込みの肉でも、筋線維はかたく乾いたままだと書いています。それでもやわらかく感じるのは、筋線維どうしをつなぎとめていたコラーゲンがゼラチンに変わって、繊維がばらばらにほどけるからです。そしてマギーは、ゼラチンそのものが、肉にしっとりとしたみずみずしさを与えるとしています。
筋線維が水分を失う一方で、溶けたゼラチンが繊維のまわりにとどまって、しっとり感を補う。かたい部位を長く加熱した肉が、パサパサにならずにしっとりしているのは、このためです。逆に、コラーゲンの少ないヒレ肉などを長く煮込むと、補ってくれるゼラチンがないので、ただ乾いて繊維っぽくなります。
ゼラチンは、肉からだけでなく、骨や皮、軟骨からもたくさん溶け出します。これらはほとんどが結合組織でできているので、長く煮るとゼラチンが煮汁に移り、スープにとろみとコクが出ます。ゼラチンは40℃前後より冷えると、ほどけた鎖が再びらせんを作り始めて固まります。煮汁の重さの1%ほどのゼラチンが溶けていれば、冷やすとぷるぷるのゼリーになります。
牛すねを煮た煮汁を冷蔵庫に入れておくと、琥珀色のゼリーのように固まります。これは失敗ではなく、ゼラチンがたっぷり溶け出した証拠です。温め直せば、また溶けてとろりとした煮汁に戻ります。

牛すねを唐辛子の煮汁で煮込み、ゼラチンのとろみを生かすメキシコのビリアの作り方はこちらです。
家庭のオーブンで作るビリア(ケサビリアタコス)メキシコ・ハリスコ州生まれ、ティフアナ式の牛肉のビリアを家庭のオーブンで。唐辛子のアドボに漬けた牛すね肉をダッチオーブンで3時間煮込み、ケサビリアタコスにします。ゼラチンのコク、オーブンで焦げつかない理由、赤い脂の正体を料理科学で解説します。
豚の皮や足、スペアリブを黒豆と煮込み、ゼラチンで煮汁をとろりとさせるブラジルのフェイジョアーダもどうぞ。
家庭のオーブンで作るフェイジョアーダブラジルの国民食フェイジョアーダを、ダッチオーブンに入れて家庭のオーブンで。黒いんげん豆と豚肉、干し牛肉を150℃でじっくり煮込みます。煮汁のとろみを生むゼラチン、豆が柔らかくなる仕組み、塩水に浸す理由を料理科学で解説します。
湿熱と乾熱:煮込みもBBQも低温で長く
肉を加熱する方法は、大きく2つに分けられます。
- 湿熱:煮る、蒸す、蒸し煮(ブレイズ)など、水や水蒸気で加熱する方法。水は普通の鍋では100℃以上にならないので、肉の表面も100℃前後に保たれます
- 乾熱:オーブンで焼く、燻製器で焼くなど、熱い空気や炭火の熱で加熱する方法。表面から水分が蒸発するので、表面は乾いて焼き色がつきます
ATKは、煮込み(ブレイズ)を「ふたをした湿った環境で、液体と一緒に加熱する方法」と説明し、コラーゲンがゼラチンに変わる適温を60〜93℃としています。一方、テキサスのBBQは燻製器の熱い空気で焼く乾熱です。それでもブリスケットがやわらかくなるのは、肉の中にもともとたっぷり水分があり、コラーゲンは肉の中の肉汁に溶けてゼラチンになるからです。湿熱でも乾熱でも、肉の中心をこの温度帯に長く保つことが、やわらかくする条件です。
低温で長く加熱する理由
ATKは、鶏のもも肉を93℃、163℃、204℃のオーブンで蒸し煮にして比べる実験をしています。204℃では30分あまりで火が通りましたが、身はしっとりしていてもかたいままでした。肉の温度が上がるのが速すぎて、コラーゲンがほどける時間がなかったのです。93℃では3時間近くかかりましたが、いちばんやわらかく、しっとりしていました。163℃はその半分ほどの時間で、ほぼ同じくらいの仕上がりでした。
ATKは、肉の温度を60℃以上、90℃前後以下に、やわらかくなるまで長く保つのがよいとしています。90℃をはるかに超えて加熱を続けると、ゼラチンがあってもしっとりとは感じられなくなります。このブログの煮込みのレシピで、ダッチオーブンにふたをして160℃前後のオーブンに入れ、何時間も煮るのはこのためです。
ストールとの関係
BBQで肉を焼いていると、中心温度が65〜80℃あたりで何時間も上がらなくなることがあります。これを「ストール(停滞)」と呼びます。肉の表面から水分が蒸発するときに熱を奪う、気化熱による冷却が原因と考えられています。
ストールが始まるのは、ちょうどコラーゲンがゼラチンに変わり始める温度のすぐ手前です。肉をアルミホイルやブッチャーペーパーで包むと、蒸発がおさえられて温度がまた上がり始めます。包んだ肉は、まわりに水蒸気がこもって、乾熱から湿熱に近い状態になります。
竹串がすっと通る「プローブ・テンダー」
かたい部位の焼き上がりは、温度だけでは決めきれません。同じ部位でも、個体によってコラーゲンの量やほどけやすさが違うからです。そこでBBQの職人は、温度計の先(プローブ)を肉に刺して、そのときの手ごたえで確かめます。プローブがほとんど抵抗なくすっと入る状態を、BBQでは「プローブ・テンダー」と呼びます。
ミートヘッドは、プルドポークの目安として、肉にフォークを刺して90度回してみる方法を紹介しています。ほとんど力を入れずに回れば焼き上がりです。骨付きなら、骨を回してみて、するっと抜ければコラーゲンが溶けた合図です。家庭では、竹串を数か所に刺して、どこもすっと通るかを確かめれば十分です。
骨の間の筋が溶けて、骨からはずれるほどやわらかくなるスペアリブの作り方はこちらです。
家庭のオーブンで作るBBQスペアリブアメリカのBBQの定番、豚のスペアリブを燻製器ではなく家庭のオーブンで。ドライラブをまぶして140℃で焼き、ホイルで包んで骨の間の肉を93〜96℃に。膜をはがす理由、砂糖のカラメル化、コラーゲンのゼラチン化を料理科学で解説します。
焼き上がりを確かめる中心温度計の選び方と刺し方は、こちらの記事で詳しく解説しています。
中心温度計:塊肉を焼くときにいちばん大事な道具塊肉の火の通りを確かめる中心温度計の解説。オーブンの温度のずれや余熱で焼き時間が当てにならない理由、鶏肉・豚肉・牛肉・BBQの中心温度の目安、温度計の種類と選び方、正しい刺し方と氷水での校正が分かります。
コラーゲンの多い部位
コラーゲンが多く、長く加熱するとほろほろになる部位をまとめます。どれも、よく動かす筋肉か、皮や骨のまわりの部位です。
- すね:牛が歩くたびに動かす足の筋肉です。結合組織が多い部位です。イタリアの煮込みオッソブーコも、すね肉の料理です。日本のスーパーや精肉店でも手に入りやすい、煮込みの定番です(Amazon|楽天)
- ほほ:餌を噛むたびに動く筋肉です。南テキサスのバルバコアは、牛の頭の肉、とくにほほ肉を使います
- 肩:牛ならチャック(肩ロース)、豚なら肩肉(ボストンバット)。脂も多く、プルドポークやカルニタスに使います
- ばら:スペアリブや豚ばら。筋肉と脂、結合組織が層になっています
- ブリスケット:牛の胸の肉。コラーゲンが多いうえにほどけにくく、いちばん時間のかかる部位のひとつです
- 豚足・皮・耳:ほとんどが皮と軟骨などの結合組織です。長く煮るとゼラチンがたっぷり溶け出し、煮汁にとろみがつきます。短く煮れば、軟骨のこりこりした食感が残ります
逆に、ヒレやロースのようにあまり動かさない筋肉は、コラーゲンが少なく、短時間で焼いて食べるのに向いています。
豚の皮のコラーゲンを下ゆででゼラチンに変えてから、オーブンでバリバリに焼くチチャロンの作り方はこちらです。
家庭のオーブンで作るチチャロンメキシコのバラ肉のチチャロンを、油で揚げずに家庭のオーブンで。皮付き豚バラを下ゆでして一晩乾かし、低温と高温の2段階で焼いて皮をバリバリに。皮のコラーゲンのゼラチン化と、水蒸気で皮が膨らむ仕組みを料理科学で解説します。
中南米とアメリカの「長く加熱する肉料理」
かたい部位を、時間をかけてやわらかくする料理は、メキシコにもアメリカ南部にも中南米にもあります。どれも、安く手に入るかたい部位や、牛の頭、豚の足のような部位を、時間と手間でごちそうに変える料理です。
メキシコのバルバコア、ビリア、カルニタス
- バルバコア:地面に掘った穴に肉を入れ、マゲイ(リュウゼツラン)の葉で覆って、何時間も蒸し焼きにするメキシコの調理法です。メキシコ中部では羊を使い、イダルゴ州のメスキタル盆地が名産地として知られています。牛の頭を使うバルバコアは、15時間ほどかけることもあります。英語の「バーベキュー」は、このバルバコアという言葉から来たと考えられています
- ビリア:西部のハリスコ州で生まれた、バルバコアの地方版です。伝統的にはヤギ肉を酢と乾燥唐辛子のたれに漬けて煮込みます。1950年、ティフアナで屋台を開いたグアダルーペ・サラテが牛肉で作り、煮汁(コンソメ)を添えて出したのが、いま人気のティフアナ式の始まりとされています
- カルニタス:ミチョアカン州の名物で、脂の多い豚の肩肉を、ラードの中でごく弱い火で3〜4時間煮て、最後に火を強めて表面をカリッとさせます
テキサスのBBQとバルバコア
テキサスのBBQは、ブリスケットや豚の肩肉、スペアリブを、燻製器の低い温度で長時間焼きます。南テキサスには、メキシコから伝わったバルバコアも根づいています。牛の頭を丸ごと地中の穴で蒸し焼きにする「バルバコア・デ・カベサ」は、テキサスで今も伝統的な穴で作って売っている店は、ブラウンズビルの1軒だけとされています。ほかの店は、肉を蒸して作っています。
ブラジルのフェイジョアーダ、キューバのロパ・ビエハ
- フェイジョアーダ:黒豆と豚肉の煮込みです。ポルトガルには、豆と腸詰め、豚の耳や足などを煮込む地方料理があり、ブラジルでは黒豆と豚肉で作られるようになり、19世紀には国民食と呼ばれるまでになりました
- ロパ・ビエハ:牛肉を煮込んで細く裂き、トマトのソースで煮る料理です。名前はスペイン語で「古い服」の意味で、裂いた肉のぼろぼろの見た目から来たという説があります。キューバでは1857年には作られていた記録があり、今では国民的な料理です
それぞれの料理の作り方は、こちらで紹介しています。牛ほほ肉をダッチオーブンで蒸し焼きにする南テキサスのバルバコアです。
家庭のオーブンで作るバルバコア(南テキサス式)南テキサスの日曜の朝の定番バルバコアを家庭のオーブンで。牛ほほ肉をダッチオーブンに入れ、150〜160℃で4〜5時間蒸し焼きにしてほぐします。コラーゲンのゼラチン化、湿熱と乾熱の違い、煮汁を戻す理由を料理科学で解説します。
豚の肩肉をラードで煮るカルニタスは、メキシコ式とアメリカ式があります。
家庭のオーブンで作るカルニタス(メキシコ式)メキシコ・ミチョアカン州のカルニタスを、ダッチオーブンと家庭のオーブンで。豚肩ロースをラードで煮て、水分が飛んだら表面をカリッと仕上げます。水が温度にブレーキをかける仕組み、ラードの役割、オレンジや牛乳、コーラの効果を料理科学で解説します。
家庭のオーブンで作るカルニタス(アメリカ式)アメリカの家庭で広まったカルニタスを、ラードを使わずに家庭のオーブンで。豚肩ロースをオレンジやスパイス、コーラと160℃で蒸し煮にし、ほぐして上火でカリッと焼きます。煮てから焼く理由、コーラの砂糖とメイラード反応を料理科学で解説します。
牛肉を煮込んで繊維に沿って裂く、キューバのロパ・ビエハです。
家庭のオーブンで作るロパ・ビエハキューバの家庭料理ロパ・ビエハを、牛すね肉とダッチオーブンで。家庭のオーブンで150〜160℃でじっくり煮込み、裂いた肉をトマトとピーマンのソースで煮ます。肉が繊維に沿って糸のように裂ける理由を、筋線維とコラーゲンの料理科学で解説します。
牛肉を乾燥唐辛子で長く煮込む、豆なしのテキサス式チリコンカンもどうぞ。
家庭のオーブンで作るテキサス式チリコンカン豆を入れないテキサス式の本場のチリコンカンを、家庭のオーブンで。角切りの牛肩ロースをアンチョとグアヒージョのソースで、150℃のオーブンで煮込みます。唐辛子を焼く理由、赤い色が脂に溶ける理由、肉が柔らかくなる仕組みを料理科学で解説します。
ダッチオーブンと圧力鍋
家庭でかたい部位を煮込むなら、厚手の鋳鉄のダッチオーブンが便利です(Amazon|楽天)。ふたをしてオーブンに入れると、鍋全体がまわりから均一に温まり、コンロの直火のように底だけが熱くなりません。焦げつきを気にせず、何時間でも放っておけます。ふたが重いので水分が逃げにくく、煮汁が減りすぎないのも利点です。
時間を短くしたいときは、圧力鍋が使えます。普通の鍋では、水は100℃で沸騰して、それ以上は温度が上がりません。圧力鍋は、ふたを密閉して中の圧力を上げることで、水の沸点を上げます。料理科学の研究チーム「モダニスト・キュイジーヌ」によると、家庭用の圧力鍋の多くは、大気圧より0.7〜1気圧ほど高い圧力で、中の温度は120℃前後になります。
圧力鍋でもゼラチンになる?
なります。コラーゲンがゼラチンに変わるのは、温度と時間で進む反応です。低い温度で長く煮込むのも、圧力鍋で120℃前後まで上げるのも、肉の中で起きていることは同じで、温度が高いぶん速く進みます。カナダの料理サイト「リカルド」の食品化学のコラムでは、圧力鍋を使うと調理時間が最大で7割ほど短くなるとしています。何時間もかかる牛すねや豚肩の煮込みが、1時間前後で済むことも珍しくありません。モダニスト・キュイジーヌによると、圧力の設定が低い鍋では中の温度は114℃ほどで、120℃前後の鍋より少し時間がかかります。電気圧力鍋も110℃台のものが多いので、同じです。
ゼラチンが溶け出したかどうかは、目で確かめられます。煮汁を冷蔵庫で冷やして、ゼリーのように固まれば、コラーゲンはちゃんとゼラチンに変わっています。アメリカの料理研究機関「アメリカズ・テスト・キッチン」が、鶏の手羽先で普通の鍋と圧力鍋のスープを比べたところ、圧力鍋のほうが色が濃く、肉の味の強いスープになりました。煮込み料理の煮汁には、むしろ向いています。
ただし、普通の鍋とは違う点が3つあります。
- 肉が縮みやすい:肉の中まで100℃を超えるので、筋線維が強く縮み、水分が押し出されます。加熱しすぎると、繊維がぼそぼそとほぐれて、パサついた口当たりになります
- 煮汁が煮詰まらない:ふたを密閉するので、水分がほとんど蒸発しません。最後にふたを開けて煮詰めると、ゼラチンが濃くなって、とろみとコクが出ます
- 焼き色はつかない:肉は煮汁に浸かっているので、焼いたようなこんがりした焼き色はつきません。香ばしさがほしいときは、先にフライパンで焼き色をつけてから入れます
レシピの時間を守り、圧力が下がってからやわらかさを確かめて、足りなければ少しずつ追加で加熱します。
まとめ
- かたい肉のかたさのもとは、筋線維を包む結合組織のコラーゲン。よく動かす筋肉や、年をとった動物ほどかたい
- コラーゲンは60℃前後で縮んで肉をかたくし、70℃前後からゆっくりゼラチンに変わる。やわらかくするには温度だけでなく時間が必要
- 長く加熱すると筋線維は乾いていくが、溶けたゼラチンがしっとり感とコクを補う。煮汁が冷えて固まるのはゼラチンのため
- 湿熱でも乾熱でも、肉の中心を60〜90℃前後に長く保つのがコツ。焼き上がりは温度と、竹串がすっと通る「プローブ・テンダー」で確かめる
- 圧力鍋でもゼラチンはできる。中が120℃前後になるので、コラーゲンが早くゼラチンに変わる。ただし肉は縮みやすく、煮汁は煮詰まらない
もっと知りたい人へ
肉のコラーゲンやゼラチンをはじめ、食材の科学を詳しく知りたい人には、料理科学の定番の本があります。
マギー キッチンサイエンス(ハロルド・マギー『On Food and Cooking』の日本語版)(Amazon|楽天)
BBQの温度と時間、ストールの仕組みを実験から解き明かした、ミートヘッドの本もおすすめです。
Meathead: The Science of Great Barbecue and Grilling(Amazon|楽天)
出典
- Harold McGee『On Food and Cooking』「Falling-Apart Tenderness: Collagen Becomes Gelatin」(ckbk)
- Harold McGee『On Food and Cooking』「Gelatin Comes from Collagen」(ckbk)
- Harold McGee『On Food and Cooking』「Skin, Cartilage, and Bones」(ckbk)
- Harold McGee『On Food and Cooking』「Solid Sauces: Gelatin Jellies and Carbohydrate Jellies」(ckbk)
- Alan Davidson『Oxford Companion to Food』「Connective Tissue」(ckbk)
- America's Test Kitchen「Low and Slow Braising」
- America's Test Kitchen「Getting to Know: Braising」
- America's Test Kitchen「Why Brisket is the Toughest Tough Cut」
- AmazingRibs(Meathead Goldwyn)「A Perfect BBQ Pulled Pork Recipe」
- ThermoWorks「Meat Cooking 101: When (and Why) to Cook Low and Slow」
- ThermoWorks「BBQ 101, Part 1: Origins, Low-and-Slow Heat, and the Stall」
- ThermoWorks「Smoked Brisket: A How-To Primer」
- Science of Cooking「Science of Slow Cooking」
- Napoleon「The Science of BBQ - How Collagen Affects Tenderness」
- Modernist Cuisine「How Pressure Cookers Work」
- RICARDO(Christina Blais)「Dust Off the Presto: 10 Good Things to Know About Pressure Cookers」
- America's Test Kitchen「Making Stock: Pot Versus Pressure Cooker」
- Wikipedia「Gelatin」
- Wikipedia「Barbacoa」
- Wikipedia「Birria」
- Wikipedia「Carnitas」
- Wikipedia「Feijoada」
- Wikipedia「Ropa vieja」
本文は上記の情報源を参考に、独自に再構成したものです。