アルミの鍋で、はがれた薄い皮が浮く濁った液に浸かった黄色いトウモロコシの粒。左に白い粉の入った瓶と、乾燥トウモロコシの粒を盛った器
料理科学

ニシュタマル:トウモロコシを石灰で煮る理由

地域
メキシコ・中米
公開

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コーントルティーヤの袋やマサ・アリナ(トルティーヤ用のトウモロコシ粉)の原材料欄を見ると、「トウモロコシ」の次に「水酸化カルシウム」や「石灰」と書かれていることがあります。食べ物に石灰と聞くと、少し意外に感じるかもしれません。

実はこの石灰こそが、トルティーヤをトルティーヤにしている材料です。乾燥トウモロコシを石灰の水で煮て、ひと晩浸す。メソアメリカ(メキシコから中米にかけての地域)で3000年以上前から続くこの処理を「ニシュタマリゼーション」、処理したトウモロコシを「ニシュタマル」と呼びます。皮がはがれ、生地がまとまり、香りが変わり、栄養まで変わります。

ニシュタマルとは

ニシュタマル(nixtamal)は、乾燥したトウモロコシの粒を、消石灰(水酸化カルシウム)を溶かした水で煮てから浸し、水で洗ったものです。これを挽いた生地がマサ(masa)で、トルティーヤもタマル(トウモロコシ生地の蒸し料理)も、マサから作ります。メキシコでは、料理用の消石灰を「カル(cal)」と呼びます。

名前は「灰」と「生地」

ニシュタマルは、アステカの言葉ナワトル語の「ニシュタマリ(nixtamalli)」から来た言葉です。「ネシュトリ(nextli)」は石灰の灰、「タマリ(tamalli)」はトウモロコシの生地やタマルのことです。つまり「灰の生地」という意味になります。

アルカリには、石灰のほかに木の灰も使われてきました。メソアメリカでは石灰岩がどこでも手に入ったので、消石灰が主流になりました。一方、今のアメリカ南西部や東部の先住民は、主に木の灰から作った灰汁(あく)を使っていました。

3000年以上前から続く技術

ニシュタマルがいつ始まったのかを直接示す証拠は、まだはっきりしていません。手がかりになっているのは、煮たトウモロコシを挽くための石の道具です。考古学の論文では、こうした道具は紀元前1500〜1200年ごろまでさかのぼるとされています。

石灰で煮たトウモロコシのでんぷんにだけ現れる、特徴的な粒の形も見つかっています。2020年の実験では、石灰を入れずに煮たトウモロコシには、この形が現れませんでした。遺跡の土器や石臼に残ったでんぷんから、ニシュタマルの歴史をたどる手がかりになると期待されています。

伝統的な作り方

国連食糧農業機関(FAO)の報告書は、メキシコの農村の伝統的な作り方を次のように紹介しています。

  • トウモロコシ1に対して、約1%の石灰水を2の割合で合わせる
  • 80℃くらいで20〜45分加熱し、そのままひと晩おく
  • 水を替えて2〜3回洗い、はがれた皮や余分な石灰を落とす
  • 石臼などで挽いて、マサにする

グアテマラの調査では、石灰はトウモロコシの重さの0.17〜0.58%、94℃前後で46〜67分煮ていました。地域や家庭によって、石灰の量も煮る時間もかなり違います。

アルカリが皮をはがす

トウモロコシの粒は、ペリカルプ(果皮)という硬くて透明な皮に包まれています。ポップコーンを食べると歯に挟まる、あの薄い皮です。ニシュタマリゼーションの最初の役目は、この皮をはがすことです。

ペリカルプの細胞壁には、ヘミセルロースという繊維がたくさん含まれています。石灰水は強いアルカリ性で、飽和した石灰水のpHは12を超えます。この強いアルカリがヘミセルロースを分解し、細胞壁を弱めるので、皮がふやけてはがれやすくなります。FAOの報告書も、石灰は煮るときにも浸すときにもアルカリ性を保ち、皮のヘミセルロースを分解するのを助けると説明しています。見出しの写真で、石灰水の中に薄い皮がはがれて浮いているのはこのためです。

浸したあとの洗い水は「ネハヨテ(nejayote)」と呼ばれ、濁っていて、いやな味がします。粒をよく洗うのは、はがれた皮と一緒に、余分な石灰とこの味を落とすためです。皮や溶け出た成分が流れていくので、トウモロコシの重さ(乾燥重量)は1割前後減ります。農村の調査では平均で約15%でした。

マサがまとまる理由

小麦粉の生地は、グルテンというたんぱく質の網でまとまります。トウモロコシにはグルテンができません。それでもニシュタマルを挽くと、手で丸めて薄く伸ばせる生地になります。マサは、何でまとまっているのでしょうか。

でんぷんは「少しだけ」糊化する

でんぷんは、水と一緒に加熱すると粒が膨らみ、のり状になります。これを糊化(こか)といいます。ニシュタマルはでんぷんがすっかり糊化している、と思われがちですが、研究ではそうではありません。石灰で煮たあとも、でんぷんの粒の多くは形を保っていて、広く糊化したものはわずかでした。アルカリで一部の粒が膨らみ、表面が壊れる程度です。

ここで石灰のカルシウムと高いpHが効いてきます。市販のマサを細かく分けて調べた研究では、アルカリとカルシウムが細胞壁や、でんぷんを包むたんぱく質の構造をほぐし、ばらばらになったでんぷんの粒(遊離でんぷん)を増やしていると考えられています。

挽くと「のり」ができる

マサを粒の大きさごとに分けて調べると、胚乳や胚芽、皮のかけらといった大きめの粒が、細かい細胞のかけらと一部が糊化したでんぷんの中に散らばっていました。この細かい部分と、水に溶け出た成分や、散らばった脂が、粒どうしをつなぐ役目をしていると考えられています。

石臼で挽くことも大切です。パデュー大学の研究では、石臼で挽くときの強い力ででんぷんの大きな分子がちぎれ、水に溶ける中くらいの大きさのでんぷんができることがわかりました。この成分が多いほど、マサのねばりが強くなります。煮る時間が長いほど、この成分も増えていました。

素焼きの器に入れた黄色いマサのかたまりと、小皿に盛った白いニシュタマルの粒

焼くと、しなやかなトルティーヤになる

マサを薄く伸ばしてコマル(鉄板)で焼くと、散らばっていた遊離でんぷんが熱で糊化します。この糊化したでんぷんが、ほかの粒を埋め込む土台になります。トルティーヤが割れずに曲がるしなやかさは、主にこのでんぷんのおかげだと考えられています。逆に、マサに混ざった皮や胚乳のかけらは、生地の中で水蒸気の逃げ道を作り、トルティーヤが膨らみすぎるのを防ぎます。

マサ・アリナに水を加えてマサを作り、トルティーヤプレスで伸ばして焼く方法は、こちらで紹介しています。

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栄養が変わる:ナイアシンとカルシウム

ペラグラの歴史

トウモロコシは16世紀にヨーロッパへ渡り、北イタリアなどで貧しい農民の安い主食になっていきました。ところが、石灰で処理する方法は一緒に伝わりませんでした。ヨーロッパからの入植者たちも、この処理を必要がなく口にも合わないものと考え、ほとんど取り入れませんでした。

トウモロコシを主食にした地域では、「ペラグラ」という病気が広がりました。1735年、スペインのガスパル・カサルが、スペインの農民の間で初めてこの病気を記録しました。北イタリアのポー川流域では、ペラグラは200年近く風土病として続きました。

20世紀の初めには、アメリカ南部で大流行しました。貧しい人々の食事は、コーンブレッドやグリッツ(挽き割りトウモロコシの粥)など、ほとんどトウモロコシばかりでした。サウスカロライナ州だけで、1912年までに約3万人の患者が報告され、そのうち約4割が亡くなっています。1914年に調査を任されたアメリカ公衆衛生局のジョセフ・ゴールドバーガーは、孤児院などで食事を変える試験を行い、トウモロコシを減らして牛乳や卵、豆を加えると、ペラグラが防げることを示しました。原因がビタミンB群のひとつ、ナイアシンの不足だとわかったのは1937年のことです。

一方、何千年もトウモロコシを主食にしてきたメソアメリカの人々は、トウモロコシを石灰で処理してから食べていました。

ナイアシンの仕組みには議論がある

ナイアシンは、食べ物からとるほか、体の中でアミノ酸のトリプトファンからも作られます。生のトウモロコシは、このトリプトファンが不足しがちな穀物です。

よく知られている説明は、トウモロコシのナイアシンは体に吸収されにくい形で結びついていて、石灰のアルカリがそれを水に溶ける自由な形に変え、吸収できるようにするというものです。ただし、FAOの報告書によると、研究者の間ではこの仕組みに議論があります。トウモロコシを水だけで煮ても同じような効果があったという実験や、石灰処理で変わるのはアミノ酸のバランスのほうだと考える研究もあります。ニシュタマルのナイアシンが生のトウモロコシより「やや利用しやすい」こと、アルカリ処理でペラグラを起こしにくくなると報告されていることは確かですが、なぜそうなるのかは、ひとつの説明だけでは片づかないようです。

カルシウムが増える

石灰の成分は水酸化カルシウムなので、ニシュタマルにはカルシウムが染み込みます。FAOの報告書では、生のトウモロコシ100gあたり約48mgのカルシウムが、家庭で作ったトルティーヤでは104〜217mgに増えていました。増え方は石灰の量や煮る温度、浸す温度、トウモロコシの性質によって変わります。

カルシウムとリンの割合も、生のトウモロコシの約1:20から、トルティーヤでは約1:1になります。動物実験では、石灰処理したトウモロコシのカルシウムは85%ほどが利用され、脱脂粉乳の97%に近い値でした。

失われるものもある

いいことばかりではありません。煮て洗ううちに、水に溶けるビタミンは流れ出ます。FAOの報告書では、ビタミンB1が52〜72%、ビタミンB2が28〜54%、ナイアシンも28〜36%減っていました。石灰の量がトウモロコシの重さの0.5%を超えると、たんぱく質の質が下がるという報告もあります。石灰を2%以上にした実験では、トルティーヤの味が受け入れられないものになりました。石灰は多ければいいわけではありません。

香りが変わる

トルティーヤやトルティーヤチップスには、独特の香りがあります。この香りにも、ニシュタマリゼーションが関わっています。

マサ・アリナ、トルティーヤ、タコシェル、トルティーヤチップスの香り成分を調べた1995年の研究では、トルティーヤの香りに関わる可能性が高い成分として、2-アミノアセトフェノン、β-イオノン、4-ビニルグアイアコールなど6つが挙げられています。

2025年のイリノイ大学の研究では、同じ青いトウモロコシで、石灰を使ったトルティーヤと使わないトルティーヤを作って比べました。訓練を受けた評価者による試験で、石灰を使ったものは「ニシュタマルらしい香り」と香ばしい香りが強く、使わないものは肉のような香りが強いと評価されました。石灰の有無だけで、香りの印象がはっきり変わるということです。

タコシェルやトルティーヤチップスも、ニシュタマルのマサから作ります。トルティーヤを揚げたり、割って揚げたりして、メキシコ料理にはたくさんの料理が生まれました。トルティーヤ料理の名前の分け方は、こちらで解説しています。

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粒のまま、粉にして

ポソレとホミニー

ニシュタマルは、挽かずに粒のまま食べることもあります。その代表が、ポソレ(pozole)です。粒のままのニシュタマルを、豚肉や鶏肉と一緒にスープで煮込んだ料理で、名前はナワトル語の「ポソリ(pozolli)」から来ています。英語では、粒のままのニシュタマルを「ホミニー(hominy)」と呼びます。

ポソレには、何も加えない白いポソレ・ブランコ、トマティーヨやシラントロ(パクチー)の緑のサルサを加えるポソレ・ベルデ、乾燥唐辛子の赤いサルサを加えるポソレ・ロホがあります。ゲレロ州やハリスコ州など各地の名物で、独立記念日や誕生日、クリスマスなどのお祝いに作られます。刻んだ玉ねぎ、千切りのキャベツ、ラディッシュ、ライム、オレガノなどをたっぷりのせて食べます。牛の胃袋のスープ「メヌード」にも、粒のままのニシュタマルが入ります。

生のマサとマサ・アリナ

伝統的には、ニシュタマルを挽いたばかりの生のマサでトルティーヤを作ります。挽いたマサは水分が56%ほどあり、そのままでは長く持ちません。

そこで生まれたのが、マサを乾かして粉にしたマサ・アリナです。工場ではマサを乾燥させて粗い粉にし、ふるいにかけ、粗い部分をもう一度挽きます。水分を10〜12%まで下げると、カビや酵母が増えにくくなり、保存がききます。都市へ移り住む人が増えると、すぐに使えるトルティーヤの需要が高まり、メキシコでは第二次世界大戦後にトルティーヤ作りの機械化が進みました。今では大きな工場で、すぐに使えるトルティーヤ用の粉が作られています。なお「マサ・アリナ」という言い方はスペイン語の文法に合わず、スペイン語では「アリナ・デ・マイス(トウモロコシ粉)」と呼ばれます。

マサ・アリナは、水を加えるだけでマサに戻ります。石灰で煮る、浸す、洗う、挽くという手間をすべて済ませた粉なので、日本の家庭でトルティーヤを作るならいちばんの近道です。

ニシュタマルしないトウモロコシ:エローテ

一方で、メキシコには石灰で処理しないトウモロコシ料理もあります。エローテ(elote)は、若いうちに収穫した生のトウモロコシを、軸ごと焼いたりゆでたりして食べる屋台の定番です。乾燥して硬くなった粒ではないので、皮をはがす必要も、生地にする必要もありません。マヨネーズやチーズ、チリパウダーをまぶすエローテは、野菜としてのトウモロコシの食べ方です。ニシュタマルは乾燥させた穀物としてのトウモロコシ、エローテは野菜としてのトウモロコシ、と考えるとわかりやすいでしょう。

エローテの作り方は、こちらで紹介しています。

家庭のオーブンで作るエローテメキシコの屋台の焼きとうもろこしエローテを、家庭のオーブンのグリル機能や魚焼きグリルで。焦げ目をつけてマヨネーズ、チーズ、タヒン、ライムで仕上げます。とれたてが甘い理由、焦げ目の香りのメイラード反応とカラメル化を料理科学で解説します。

日本で手に入るもの

日本の家庭でニシュタマルを楽しむなら、すでに石灰処理が済んだものを買うのが手軽です。

  • マサ・アリナ:トルティーヤ、タマル、ソペなど、マサから作る料理に使います。同じトウモロコシ粉でも、コーンミールやコーンフラワーは石灰処理していないので、代わりにはなりません。袋に「masa harina」「nixtamalized」と書かれたものを選びます(Amazon|楽天)
  • 冷凍コーントルティーヤ:生地から作らずに、すぐにタコスが作れます(Amazon|楽天)
  • ホミニー缶:粒のままのニシュタマルの水煮です。ポソレに使います(楽天)
  • トルティーヤチップス:ナチョスやチラキレスに使います(Amazon|楽天)

乾燥トウモロコシからニシュタマルを作ってみたい人は、必ず「食品添加物」の表示がある食品用の水酸化カルシウムを選んでください。園芸用や工業用の消石灰は、食品用ではないので使いません。水酸化カルシウムは強いアルカリなので、皮膚につくとやけどを起こすことがあります。扱うときは手袋をし、粉を舞い上げず、目に入らないように注意します。

マサ・アリナからコーントルティーヤを作る方法は、こちらです。

本場コーントルティーヤのレシピメキシコの主食コーントルティーヤを、マサ・アリナと水だけで。トルティーヤプレスで押しのばし、鋳鉄のスキレットで焼けば家庭のコンロでもぷくっと膨らみます。生地を休ませる理由、ひび割れの見分け方、膨らむ仕組みを料理科学で解説します。

まとめ

  • ニシュタマルは、乾燥トウモロコシを石灰水で煮て浸し、洗ったもの。メソアメリカで3000年以上前から続く技術です
  • 強いアルカリが皮のヘミセルロースを分解して皮をはがし、細胞壁をほぐしてでんぷんを取り出しやすくします
  • マサは、一部が糊化したでんぷんや溶け出た成分が粒をつなぐことでまとまり、焼くとでんぷんが糊化してしなやかなトルティーヤになります
  • カルシウムが大きく増え、ペラグラを起こしにくくなります。ナイアシンの仕組みには議論があり、ビタミンB1などは減ります
  • 日本では、石灰処理済みのマサ・アリナとホミニー缶がいちばん手軽です

もっと知りたい人へ

トウモロコシのアルカリ処理やでんぷんの糊化など、穀物の科学を詳しく知りたい人には、料理科学の定番の本があります。

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出典

本文は上記の情報源を参考に、独自に再構成したものです。