
家庭のオーブンで作るプルドポーク
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アメリカ南部のプルドポークは、豚の肩肉を薪の煙で半日以上かけて焼き上げる料理です。燻製器の温度はおよそ135℃で、焼き時間が12時間を超えることも珍しくありません。
では、燻製器のない日本の家では作れないのでしょうか。実は、あの「フォークでほろほろ崩れる」食感を決めているのは煙ではなく温度です。肉の中心温度を90℃台までゆっくり上げていくことで、家庭のオーブンでも同じ食感にたどり着けます。
本場のプルドポークとは
プルドポーク(pulled pork)は「むしった豚肉」という意味です。スペアリブやブリスケットと並ぶアメリカのBBQの代表的な料理で、特にノースカロライナ州とテネシー州メンフィスが本場として知られています。
ちなみに「バーベキュー(barbecue)」という言葉は、スペイン語の「バルバコア(barbacoa)」から来ています。さらにさかのぼると、カリブ海の先住民タイノ族の言葉で、肉をのせて焼くための木の枠組みを指していたとされます。メキシコには今も「バルバコア」という肉の蒸し焼き料理があり、アメリカのBBQとメキシコ料理は言葉の上でもつながっています。
ボストンバットという部位
使うのは豚の肩肉です。アメリカでは「ボストンバット(Boston butt)」と呼ばれる肩の上側の部位がよく使われ、日本の豚肩ロースにあたります。「バット」はお尻ではなく、肉を貯蔵や輸送に使った「バット」と呼ばれる樽のことです。この切り方はボストンを中心とするニューイングランド地方で始まったとされ、それが名前の由来になったと考えられています。
脂と筋(結合組織)が多いので普通に焼くと硬い部位ですが、長い時間をかけて火を通すと驚くほど柔らかくなります。
地域で違うノースカロライナのBBQ
ノースカロライナ州の中でも、BBQは東と西で大きく違います。
- 東部:豚を一頭丸ごと焼くのが伝統で、「鳴き声以外は全部使う」と言われるほどです。焼いた肉は細かく刻み、酢と唐辛子だけのさらっとしたビネガーソースで味をつけます。トマトは一切使いません。サンドイッチには、マヨネーズで和えたコールスローを重ねるのが定番です
- 西部(レキシントン周辺):使うのは肩肉だけで、肉は手でむしるか粗く刻む程度です。ソースは酢にトマトを加えた赤いソースで、「ディップ」と呼ばれます。コールスローもマヨネーズではなく、このソースで和えた赤いコールスローです
ほかにも、隣のサウスカロライナにはマスタードベースの黄色いソースがあります。日本でよく見かける甘いBBQソースをたっぷり絡めたプルドポークは、こうした本場の味とはかなり違います。
今回は、家庭で扱いやすい肩肉を使い、味つけは東部式のビネガーソースにします。
プルドポークのレシピ:材料(4〜6人分)
豚肉と下味
2kg前後の塊しか手に入らないときも同じ手順で作れます。塩を肉の重さの1%(2kgなら20g)にして、焼き上がりは中心温度で判断してください。
ドライラブ(すり込むスパイス)
ラブ(rub)はBBQで肉の表面にすり込む混合スパイスのことです。焼くうちに砂糖とスパイスが焦げて、香ばしい表面の皮になります。
ラブには2種類あります。粉のスパイスだけを混ぜたものが「ドライラブ」、スパイスに油やマスタード、酢などの液体を加えてペースト状にしたものが「ウェットラブ」です。ドライラブは表面が乾きやすく、香ばしい皮ができやすいのが特徴です。ウェットラブは肉にしっかり張りつき、液体に溶ける香りも移せます。今回は皮をしっかり作りたいので、ドライラブを使います。
ドライラブをまぶす前には、イエローマスタードを薄く塗ります。BBQでは、ラブを肉に張りつけるために塗るつなぎを「バインダー」と呼びます。マスタードは定番のバインダーで、長時間焼くと酸味や風味はほとんど残らないと言われています。今回は前日のドライ・ブラインで表面が乾いているので、粉だけでは張りつきにくいためです。バインダーを塗っても、その上にまぶすのは粉なのでドライラブであることに変わりはありません。
ドライとウェットの呼び分けは、プルドポークと並ぶメンフィスの名物、スペアリブでも使われます。ドライラブだけで焼き上げてソースをかけない「ドライ」と、仕上げにソースを塗る「ウェット」があり、店ではどちらにするかを選べることもあります。
スモークパプリカは、燻製にした唐辛子を粉にしたスパイスです。オーブン調理で足りない燻製の香りを補います。
ノースカロライナ東部式ビネガーソース
本場のビネガーソースは、アメリカの蒸留酢(ホワイトビネガー)とりんご酢(アップルサイダービネガー)で作ります。日本の穀物酢とりんご酢でも十分おいしく作れますが、アメリカの酢を使うと本場により近い酸味になります。
道具
- 料理用温度計(肉に刺してすぐ測れるタイプ):この料理でいちばん大事な道具です。焼き上がりは時間ではなく温度で判断します(Amazon|楽天)
- ワイヤレス温度計(あれば):肉に刺したままオーブンで焼けるコードのない温度計です。スマートフォンで中心温度を確認できるので、オーブンを開けて測る手間がなくなります(Amazon)
- 天板と焼き網:肉を網にのせて下にも熱風を回します。網は天板に収まるサイズを選んでください(Amazon|楽天)
- アルミホイル(幅広のもの)
- ミートシュレッダー(なくてもフォーク2本で可)(Amazon)
作り方
前日:塩をすり込む(ドライ・ブライン)
豚肉の表面の水けをふき、塩15gを全体にまんべんなくすり込む。ラップをせずに網をのせたバットに置き、冷蔵庫で12〜24時間おく。
ソースを作る
ビネガーソースの材料をすべて瓶に入れてよく振り、塩と砂糖を溶かす。冷蔵庫で半日以上おいてなじませる。
ドライラブをまぶす
豚肉の表面全体にイエローマスタード大さじ2を薄く塗る。ドライラブの材料を混ぜて全体にまぶし、手で押さえる。そのまま20〜30分おき、ラブが肉の水分を吸ってしっとりなじむまで待つ。その間にオーブンを140℃に予熱する。
焼く(前半)
天板に焼き網をのせ、脂身を上にして豚肉を置いて140℃で焼く。ワイヤレス温度計を使う場合は、焼く前に肉のいちばん厚い部分の中心に刺しておく。使わない場合は、2時間半たったら天板を取り出し、肉のいちばん厚い部分の中心に温度計を刺して測る。中心温度が70℃前後になり表面が濃い赤茶色に焼き固まるまで、30分ごとに測りながら焼く。合計約3時間が目安。
ホイルで包む
中心温度が70℃前後になったら(後述の「ストール」)、肉を取り出してアルミホイル2重でぴったり包み、オーブンに戻す。ワイヤレス温度計は刺したまま包んでよい。
焼く(後半)
140℃のまま焼く。ワイヤレス温度計を使わない場合は、2時間たったらホイルの上から温度計を刺して測る。中心温度が91〜96℃になるまで、30分ごとに測りながら焼く。後半は2〜3時間が目安。温度計や竹串がやわらかいバターに刺すようにすっと入れば焼き上がり。
休ませる
オーブンの電源を切り、ホイルに包んだまま扉を閉めた庫内で1時間休ませる。庫内の余熱で冷めにくく、すぐにほぐすより肉汁が落ち着き、熱すぎず手で扱いやすくなる。
ほぐす
ホイルを開き、たまった肉汁は取っておく。大きな脂のかたまりを取り除き、ミートシュレッダーかフォーク2本で肉をほぐす。
和える
ほぐした肉に、取っておいた肉汁大さじ4(60ml)とビネガーソース80mlを加えて混ぜる。残りのソースは食卓で好みでかける。
※オーブンレンジの機種によっては、1回の運転時間に上限があります。途中で止まったら、140℃に設定し直して続きを焼いてください。
料理科学:なぜ硬い肩肉がほろほろになるのか
前日の塩「ドライ・ブライン」
手順1のように、焼く前に塩をすり込んで冷蔵庫でしばらくおくことを「ドライ・ブライン」といいます。塩水に漬ける「ブライン(brine)」を、水を使わずに塩だけで行う(ドライ)方法です。
塩をすり込むと、まず肉の水分が表面に引き出されます。その水分に塩が溶け、時間をかけて肉の中へ戻っていきます。肉は自分の肉汁で塩漬けされる形になり、中まで均一に塩味が入ります。
時間を12〜24時間とっているのはこのためです。塩をすり込むと数分で表面に水分が浮いてきますが、この水分が肉に吸い戻されるまでにはしばらくかかります。早く切り上げると、表面が濡れたまま焼くことになります。また、塩が肉の中を進む速さはゆっくりなので、1.5kgもある塊の中心まで塩を届けるには一晩以上おく必要があります。
塩はたんぱく質の性質も変えます。塩で変化したたんぱく質は水分を抱え込みやすくなるので、長時間焼いても肉汁が逃げにくくなります。ラップをせずにおくのは、表面を乾かすためです。表面が乾いていると、焼いたときに香ばしい皮ができやすくなります。
コラーゲンがゼラチンに変わる
肩肉が硬いのは、筋肉の繊維を束ねる「結合組織」が多いからです。結合組織の主成分はコラーゲンというたんぱく質で、生のままでは丈夫な繊維です。
肉の温度が60℃前後になると、肉のたんぱく質が変化し始め、コラーゲンもゆるみ始めます。さらに70〜80℃あたりから、コラーゲンは少しずつ溶けてゼラチンに変わっていきます。この変化はすぐには終わらず何時間もかかります。
焼き上がりの目安を91〜96℃と高めにしているのはこのためです。オーブンは140℃なので、ホイルで包んで蒸発による冷却を止めれば、肉の中心もここまで上がります(水分を多く含む肉は100℃を超えないので、上がるのは90℃台までです)。ステーキなら焼きすぎの温度ですが、コラーゲンを十分にゼラチンに変えるには高い温度を長く保つ必要があります。コラーゲンが溶けると筋肉の繊維をつなぎとめていたものがなくなるので、フォークで簡単にほぐれるようになります。溶けたゼラチンが肉汁を抱え込むので、長く焼いてもパサつかずにしっとり仕上がります。
コラーゲンがゼラチンに変わる温度と時間は、こちらの記事で詳しく解説しています。
コラーゲンとゼラチン:かたい肉がほろほろになるまでかたい牛すねやブリスケット、豚の肩肉が、長く加熱するとほろほろになるのはなぜか。コラーゲンが縮む温度とゼラチンに変わる温度と時間、しっとり感の正体、湿熱と乾熱、ストール、圧力鍋との違いが分かります。
70℃前後で温度が止まる「ストール」
手順5で、中心温度が70℃前後になったらホイルで包むと書きました。肉はこのあたりで温度が上がらなくなることがあり、BBQの世界では「ストール(停滞)」と呼ばれています。中心温度が65〜77℃あたりで止まり、そのまま何時間も上がらないこともあります。
原因は長いあいだ議論されてきました。BBQの科学で知られるサイト「Amazing Ribs」などの実験から、肉の表面から水分が蒸発するときの「気化熱」がもっとも有力な原因とされています。脂が溶けるせいでも、コラーゲンが変化するせいでもありません。汗をかくと体が冷えるのと同じで、表面から水が蒸発し続けるあいだは、オーブンの熱がその冷却で打ち消されてしまうのです。
そこでアルミホイルで包みます。ホイルの中では蒸発した水分の逃げ場がなく冷却が止まるので、温度が再び上がり始めます。本場のBBQでも「テキサス・クラッチ」と呼ばれる定番の方法です。クラッチ(crutch)は「松葉づえ」の意味で、ストールを乗り越えるための補助という意味合いで呼ばれています。包むと表面の皮(バーク)が少し柔らかくなるので、前半の3時間で表面をしっかり焼き固めておきます。
アルミホイルにはオーブンの熱を反射する性質もあり、本来は焼き色がつきすぎるのを防ぐためにかぶせることもあります。それでも包むと温度が上がるのは、反射で入ってくる熱が少し減るよりも、蒸発による冷却が止まる効果のほうがずっと大きいからです。
同じようにストールを乗り越えて焼く、テキサスのBBQの名物ブリスケットの作り方も紹介しています。
家庭のオーブンで作るブリスケットテキサス中部のBBQの名物ブリスケットを、燻製器ではなく家庭のオーブンで。塩と黒こしょうだけで140℃で焼き、ブッチャーペーパーで包んで中心温度93〜96℃に仕上げます。ストール、休ませる理由、繊維を断つ切り方を料理科学で解説します。
最初に強火で焼き付けなくていい理由
「肉は最初に焼き付けて肉汁を閉じ込める」とよく言われますが、焼き付けで肉汁を閉じ込めることはできません。焼き付けの目的は、焼き色と香りをつける「メイラード反応」です。この料理では140℃で何時間も焼くあいだに表面でメイラード反応がゆっくり進み、ラブの砂糖とあわせて香ばしい皮ができます。だから最初の焼き付けは必要ありません。
本場との違い
- 煙の香り:本場は薪の煙で燻します。オーブンでは燻製の香りが出ないので、ラブにスモークパプリカを入れて補っています。燻製の香りを強くしたいときは、スモークパプリカを大さじ2に増やしてください。
- 温度と時間:本場の燻製器は135℃前後で12時間以上かけることもあります。家庭版は140℃とやや高めにして、ホイルで包んでストールを抜けることで5〜7時間ほどに縮めています。
- 肉の大きさ:本場では3〜4kgの肩肉を丸ごと焼くことが多いですが、日本の家庭用オーブンに合わせて1.5kgにしています。
- スモークリング:薪で燻した本場のBBQは、切ると表面の皮のすぐ内側に、ピンク色の層が見えます。これは「スモークリング」と呼ばれます。肉の赤い色素ミオグロビンは、ふつう加熱すると茶色に変わります。ところが薪の煙に含まれる一酸化窒素がミオグロビンに結びつくと、加熱してもピンク色のまま残ります。オーブンでは煙が出ないのでスモークリングはできません。ただし、スモークリングは色の変化で、味にはほとんど関係しないとされています。
食べ方
サンドイッチ
本場のノースカロライナでは、やわらかいバンズにプルドポークをのせてコールスローを重ねたサンドイッチが定番です。ビネガーソースの酸味とコールスローのシャキシャキ感が、豚の脂のこってり感を軽くしてくれます。甘いソースが好きなら、市販のBBQソースを少しかけてもおいしく食べられます。

- キャベツ(せん切り):300g
- にんじん(せん切り):30g
- マヨネーズ:大さじ3(36g)
- りんご酢:大さじ1(15ml)
- 砂糖:小さじ2(6g)
- 塩:小さじ1/4(1.5g)
- 粗挽き黒こしょう:小さじ1/4(0.5g)
ボウルにマヨネーズ・りんご酢・砂糖・塩・黒こしょうを混ぜ、キャベツとにんじんを加えて和える。冷蔵庫で30分ほどおくと味がなじむ。
コールスローと並ぶアメリカ南部のBBQの付け合わせ、マカロニ&チーズの作り方も紹介しています。
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タコス
市販のコーントルティーヤ(Amazon|楽天)で包めば、プルドポークのタコスになります。トルティーヤをフライパンで片面30秒ずつ温めてプルドポークとコールスローをのせ、あれば紫玉ねぎの酢漬けものせてライムを搾ります。
紫玉ねぎの酢漬けは、薄切りにした紫玉ねぎ1/4個(50g)をりんご酢大さじ2(30ml)・ライム汁大さじ1(15ml)・塩小さじ1/8(0.7g)に30分ほど漬けるだけです。酢に漬けると、紫玉ねぎの色素が酸に反応して全体が鮮やかなピンク色になります。
ご飯にのせて丼にしても合います。
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保存
- 冷蔵:ほぐした肉を肉汁ごと保存容器に入れて3日程度
- 冷凍:小分けにして保存袋に入れて1か月程度。電子レンジで解凍し、フライパンで軽く焼き直すと香ばしさが戻ります
もっと本格的に作りたい人へ
オーブンで作るプルドポークに慣れて、本場のように薪の煙で燻したくなったら、ペレットグリルという選択肢があります。木を固めた燃料(ウッドペレット)を燃やして、温度を自動で保ちながら燻製できるグリルで、アメリカの家庭のBBQでは定番の道具です。屋外で使う大きな機械で値段も10万円前後からと気軽ではありませんが、スモークリングのある本場の味に近づけます(Amazon)。
もっと知りたい人へ
BBQの科学をもっと詳しく知りたい人には、ストールの原因を実験で検証した「Amazing Ribs」の主宰者による本があります(英語)。
Meathead: The Science of Great Barbecue and Grilling(Amazon|楽天)
出典
- Wikipedia「Pulled pork」
- Wikipedia「Brining」
- Wikipedia「Barbecue」
- Wikipedia「Boston butt」
- Wikipedia「Barbecue in North Carolina」
- Texas Monthly「The Science of the Smoke Ring」
- Saveur「Eastern North Carolina Sauce」
- Smoked BBQ Source「The BBQ Stall Explained: How to Beat It」
- The Meatstick「The Science of Collagen」
本文は上記の情報源を参考に、独自に再構成したものです。