
家庭のオーブンで作るタコス・アル・パストール
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タコス・アル・パストールは、メキシコシティの屋台やタケリア(タコス店)を代表するタコスです。乾燥唐辛子とアチョーテの赤いマリネに漬けた豚肉を、縦型の串に何層にも重ねて回しながら焼き、外側の焼けたところを薄く削いでトルティーヤにのせます。仕上げにパイナップル、玉ねぎ、シラントロ(パクチー)をのせ、ライムを搾って食べます。
本場の縦型の焼き台は家庭にはありません。ですが、薄切りの豚肉を型に積み重ねて塊にし、オーブンで焼いてから薄く削いで焼き付ければ、家庭でもあの香ばしさとジューシーさに近づけます。
本場のタコス・アル・パストールとは
アル・パストール(al pastor)は、スペイン語で「羊飼い風」という意味です。メキシコではもともと、肉を串に刺して火であぶる焼き方を「アサード・アル・パストール(羊飼い風の焼き肉)」と呼んでいました。19世紀のメキシコの料理書にも、この焼き方が出てきます。
レバノン系移民のシャワルマから生まれた
今のタコス・アル・パストールのもとになったのは、中東の「シャワルマ」です。シャワルマは、薄切りの肉を縦型の串に積み重ね、回しながら焼いて削ぐ料理です。19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、レバノンからメキシコに移り住んだ人々が、この料理を持ち込みました。
1930年代には、メキシコ中部の都市プエブラで、レバノン系の人々の料理から「タコス・アラベス(アラブ風タコス)」が生まれました。縦型の串で焼いた肉を、「パン・アラベ」と呼ばれるピタのような薄いパンで包んで食べるタコスです。
レバノンからの移民の多くはキリスト教徒で、豚肉を食べることに宗教上の制約がありませんでした。そのため、羊肉はしだいに豚肉に置き換わっていきます。やがてメキシコシティで、豚肉を乾燥唐辛子のアドボ(唐辛子と酢、スパイスのマリネ)に漬け、トウモロコシのトルティーヤにのせて出すようになりました。これがタコス・アル・パストールです。始まった時期ははっきりしませんが、1960年代に広まったという説があります。
縦型の串「トロンポ」とパイナップル
縦型の串に積み重ねた肉の塊は「トロンポ(trompo=こま)」と呼ばれます。マリネに数時間漬けた豚肉を重ねて、こまのような形に仕上げます。タケロ(タコス職人)は、焼けて香ばしくなった外側を長い包丁で薄く削ぎ、そのままトルティーヤで受け止めます。
トロンポのてっぺんには、皮をむいたパイナップルを丸ごと刺しておくことが多く、肉と一緒に削いでタコスにのせます。シャワルマにはないパイナップルが、いつ、なぜ加わったのかは、よくわかっていません。
タコス・アル・パストールのレシピ:材料(4〜6人分・タコス約20個)
豚肉
- 豚肩ロース(厚さ4〜5mmの薄切り。しょうが焼き用・焼肉用など)1kg
- 塩12g(肉の重さの1.2%)
マリネ(アドボ)
グアヒージョは、メキシコ料理でよく使われる赤い乾燥唐辛子です。辛さはおだやかで、鮮やかな赤い色がつきます。アンチョは、ポブラノという肉厚の青唐辛子を完熟させて乾燥させたもので、干しぶどうのような甘い香りがあります。
アチョーテは、ベニノキという木の種から作る赤い調味料です。メキシコでは、種をスパイスや酢と練り合わせたペーストが売られています。肉を赤く染め、土っぽい独特の香りをつけます。
パイナップルと仕上げ
サルサ(好みで)
- サルサ・ベルデ、またはサルサ・ロハ(作り方は「食べ方」の節を参照)
道具
- パウンドケーキ型(18〜21cm):薄切り肉を積み重ねて塊にするのに使います(Amazon|楽天)
- 料理用温度計(肉に刺してすぐ測れるタイプ):豚肉は中まで火が通っているかを温度で確かめます(Amazon|楽天)
- 鋳鉄のスキレット:削いだ肉を高温で焼き付けて、トロンポの焦げた縁を再現します(Amazon|楽天)
- ミキサー
- よく切れる包丁(薄く削ぐため)(Amazon|楽天)
作り方
唐辛子を焙煎する
グアヒージョとアンチョのへたを取り、縦に切り開いて種とわたを除く。天板に広げ、170〜180℃に予熱したオーブンで3〜6分、香りが立って少しふくらむまで焼く。フライパンで焼く場合は、中火で10〜20秒ずつ、押し付けながら返す。黒く焦がさない。
唐辛子をもどす
焙煎した唐辛子をボウルに入れ、熱湯をかぶるくらい注ぎ、皿をのせて沈め、20〜30分おいてやわらかくする。もどし汁は取っておく。
マリネを作る
唐辛子の水けをきってミキサーに入れ、アチョーテペースト、にんにく、りんご酢、オレガノ、クミン、クローブ、黒こしょう、砂糖、もどし汁100mlを加えて、なめらかになるまで1〜2分回す。かたければもどし汁を足し、ケチャップくらいの濃さにする。
漬ける
豚肉に塩12gをまんべんなくまぶし、マリネをからめる。保存袋に入れて空気を抜き、冷蔵庫で4〜24時間漬ける。
型に積み重ねる
パウンドケーキ型にオーブンシートを敷き、豚肉を1枚ずつ広げて平らに重ねていく。ときどき上から手のひらで押して、すき間なく詰める。残ったマリネは上から塗る。
焼く
オーブンを160℃に予熱する。型にアルミホイルをかぶせて60分焼き、ホイルを外してさらに30〜45分焼く。
温度を確かめる
塊の中心に温度計を刺し、中心温度が75℃以上になっていることを確かめる。そこから1分以上加熱を続ける。肩ロースはさらに85〜90℃まで焼くと、脂が溶けてほぐれやすくなる。
パイナップルを焼く
肉を焼いている間に、パイナップルを1cm厚さに切る。最後の20〜30分、肉と同じオーブンの天板にのせて焼くか、スキレットで両面に焼き色をつけ、1cm角に切る。
休ませて取り出す
焼き上がったら型のまま15〜20分休ませる。たまった肉汁と脂は取っておき、塊をまな板に取り出す。
薄く削ぐ
塊の側面を、包丁で厚さ2〜3mmに薄く削いでいく。
焼き付ける
スキレットを強火で2〜3分よく熱し、サラダ油を薄くひく。削いだ肉を重ならないように広げ、たまった肉汁を少しかけて、縁がカリッと焦げるまで1〜2分焼く。何回かに分けて焼く。
包む
トルティーヤを乾いたフライパンで両面20〜30秒ずつ温め、2枚重ねにする。肉をのせ、パイナップル、玉ねぎ、シラントロをのせて、ライムを添える。
料理科学:パイナップルの酵素と唐辛子の焙煎
パイナップルには肉を分解する酵素がある
生のパイナップルには、「ブロメライン」という酵素が含まれています。ブロメラインは、たんぱく質を細かく切り分ける「プロテアーゼ(たんぱく質分解酵素)」の一種です。肉のたんぱく質も分解するので、粉末にしたものは肉をやわらかくする「ミートテンダライザー」として売られています。
ただし、この働きは強すぎるのが難点です。生のパイナップルの果汁に肉を長時間漬けると、表面のたんぱく質ばかりが分解されて、ぼろぼろ、ぐずぐずの食感になってしまいます。マリネが肉にしみ込むのは表面から数ミリほどなので、中までやわらかくなる前に、表面だけが崩れてしまうのです。
このレシピでマリネに生のパイナップルを入れないのはこのためです。マリネには酵素を入れず、パイナップルは焼いてから最後にのせます。マリネにパイナップルの果汁を加えたい場合は、漬ける時間を数時間までにするか、缶詰の果汁を使ってください。
加熱すると酵素は働かなくなる
ブロメラインは熱に弱く、加熱するとたんぱく質としての形が壊れて(変性して)働かなくなります。缶詰のパイナップルは製造の過程で加熱されているので、肉をやわらかくする効果はありません。
おもしろいのは、果物の酵素は、人の体温よりもかなり高い50〜70℃あたりで最もよく働くことです。50℃では1時間たっても大部分が働き続けるというデータもあります。つまり、加熱の途中、温度が上がっていくあいだは、かえって分解が進みます。さらに温度が上がりきると、働きが止まります。
本場のトロンポでも、てっぺんのパイナップルは火であぶられ続けています。焼いたパイナップルを添えるのは、酵素の心配がなく、甘みと酸味で脂の多い豚肉をさっぱりさせてくれるからです。
乾燥唐辛子は焙煎して香りを引き出す
手順1で唐辛子を焙煎するのは、香りを強くするためです。乾燥唐辛子の香りの成分は、細胞の中の油分に閉じ込められています。熱を加えるとその仕切りが壊れて香りが出やすくなり、残っていた水分も飛んで、味が濃くなります。表面がわずかに色づくことで、香ばしい香りも加わります。
ただし、乾燥唐辛子は薄くて水分が少ないので、茶色から黒焦げになるまでがあっという間です。焦がすと苦味が出て、マリネ全体が苦くなります。フライパンでは焦がしやすいので、オーブンで焼くほうが失敗が少なく、ほったらかしにできます。香りが立って少しふくらんだら、すぐに取り出してください。
積み重ねて焼き、削いでから焼き付ける
トロンポのおいしさは、外側の香ばしく焦げた部分と、内側のジューシーな部分が一緒に味わえることにあります。本場では、塊の外側に焼き色がついたところから削ぎ、削いだ面がまた焼けていきます。
家庭版では、薄切り肉を型に積み重ねて塊にして焼きます。型の中では、表面はほとんど焼き色がつきません。そこで手順11で、削いだ肉をよく熱したスキレットで焼き付けます。焼き色と香ばしさは、アミノ酸と糖が反応する「メイラード反応」によるもので、表面の水分が飛んで温度が上がってから盛んに進みます。肉を重ねずに広げ、少しずつ焼くのはこのためです。

グアヒージョやアンチョなど乾燥唐辛子の名前と焙煎の仕方、焼き色が生まれるメイラード反応は、こちらの記事で詳しく解説しています。
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豚肉は中心75℃1分以上
豚肉は、中まで十分に火を通して食べる肉です。厚生労働省は、肉の中心部を75℃で1分以上加熱することを目安にしています。厚みのある塊になっているので、焼き上がりは見た目ではなく、温度計で確かめてください。
中心温度計の選び方と正しい測り方は、こちらの記事で詳しく解説しています。
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本場との違い
- 焼き方:本場は縦型の串に肉を積み重ね、回しながら横から熱を当てて焼き、外側から削ぎます。家庭版は型に積み重ねてオーブンで焼き、削いだ肉をスキレットで焼き付けて焦げた縁を再現しています。
- パイナップル:本場はトロンポのてっぺんに丸ごと刺して、肉と一緒に削ぎます。家庭版は別に焼いて刻んでいます。
- オレガノ:本場ではメキシカンオレガノを使います。日本で普通に売られているオレガノとは別の植物(クマツヅラ科)ですが、香りの主な成分が共通していて、よく似た香りがします。手に入れば置き換えてください。
- 肉の量:本場のトロンポは何十キロもの肉を積み上げるので、焼けた外側を少しずつ削ぎ続けられます。家庭の1kgの塊では焼き色のつく面が少ないので、焼き付けで補っています。
食べ方
タコス・アル・パストールは、小さなコーントルティーヤを2枚重ねにして、肉、パイナップル、玉ねぎ、シラントロをのせるのが定番です。ライムを搾り、サルサ・ベルデやサルサ・ロハをかけて食べます。
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保存
- 冷蔵:削ぐ前の塊のまま、ラップで包んで3日程度。食べる分だけ削いで、スキレットで焼き付けます。冷えた塊のほうが、薄く削ぎやすくなります。
- 冷凍:削いだ肉を小分けにして保存袋に入れ、1か月程度。凍ったままスキレットで焼き付けます。
- 焼いたパイナップル:冷蔵で2日程度。
もっと知りたい人へ
酵素や焙煎、メイラード反応など、食材と加熱の科学を詳しく知りたい人には、料理科学の定番の本があります。
マギー キッチンサイエンス(ハロルド・マギー『On Food and Cooking』の日本語版)(Amazon|楽天)
メキシコ料理の本場の味と技法を知りたい人には、アメリカでメキシコ料理を広めたシェフ、リック・ベイレスの本があります。
Rick Bayless's Mexican Kitchen(Amazon)
出典
- Wikipedia「Al pastor」
- Tasting Table「Tacos Al Pastor: Your Favorite Mexican Food Is Actually Lebanese」
- Rick Bayless「Tacos al Pastor at Home」
- Wikipedia「Bromelain」
- Wikipedia「Lippia graveolens」
- Science Learning Hub「Fruit enzymes tenderise meat」
- Anova Culinary「Marinades Demystified: How, When, and Why to Marinate」
- America's Test Kitchen「Toasting Dried Chiles」
- Tasting Table「The Extra Step For More Flavorful Homemade Chile Paste」
- 厚生労働省「お肉はよく焼いて食べよう」
本文は上記の情報源を参考に、独自に再構成したものです。