
本場ティンガ・デ・ポジョのレシピ
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ティンガ・デ・ポジョは、ゆでてほぐした鶏肉を、たっぷりの玉ねぎとトマト、燻製唐辛子のチポトレで煮込んだ、メキシコ中部プエブラ生まれの料理です。カリッと揚げた平たいトルティーヤ「トスターダ」にリフライドビーンズを塗り、ティンガをこんもりのせて、レタスとクリーム、白いチーズで仕上げるのが定番の食べ方です。
燻したような香り、ほどよい辛さ、玉ねぎとトマトの甘みと酸味。材料は少なく、オーブンも使いません。この香りは、チポトレの燻香を油に移し、玉ねぎをじっくり炒めて甘みを引き出す、2つの手順で決まります。
本場のティンガとは
ティンガ(tinga)は、ほぐした肉を、トマトと玉ねぎ、にんにく、チポトレのソースで煮た料理です。メキシコの中部から南部で広く食べられていて、シンプルで応用がきく、中部でとても人気のある料理とされています。鶏肉で作るものを「ティンガ・デ・ポジョ(鶏のティンガ)」と呼びます。
プエブラ生まれの「おいしい散らかりもの」
ティンガはプエブラ州の生まれと考えられています。文献に最初に登場するのは、1881年の料理書『ラ・コシネラ・ポブラナ(プエブラの料理人)』です。この本には7種類ものティンガが載っていて、その多くにチポトレが使われています。ほぐした鶏肉にイワシを加え、レタスとアボカドを添える「ティンガ・ポブラナ」が、今の鶏のティンガにいちばん近いレシピです。ほかに、豚肉とソーセージで作るものや、乾燥したハラペーニョ(チレ・メコ)を戻して使うものもあります。
「ティンガ」という言葉は、メキシコのスペイン語の辞典に「下品な」「散らかった」という意味の口語として載っています。言葉の由来ははっきりしていません。メキシコ料理の研究家ダイアナ・ケネディは、ティンガを「とてもおいしい散らかりもの」と表現しています。
豚から鶏へ、プエブラからメキシコ中へ
もともとのティンガは豚肉で作るものでした。料理家リック・ベイレスは、鶏のティンガが故郷のプエブラを越えて、屋台のタコス屋の定番になったと書いています。今は鶏のほか、豚肉や牛肉でも作られます。メキシコ州では緑のチョリソを、トラスカラ州ではチョリソやじゃがいもを加えることがありますが、どの地方のティンガにもチポトレと玉ねぎは欠かせません。
ティンガは、トスターダのほか、タコスやケサディーヤにもします。トスターダにのせたティンガは、ポソレと並んで、メキシコの独立記念日の前夜(9月15日)の夕食の定番です。
ティンガ・デ・ポジョのレシピ:材料(4人分・トスターダ12枚分)
鶏をゆでる
- 鶏むね肉2枚(約600g)
- 水1.5L(肉がかぶる量)
- 玉ねぎ1/4個(50g)
- にんにく(皮をむいてつぶす)1片(5g)
- ローリエ1枚
- 塩小さじ1(6g)
ほぐしやすいむね肉を使います。もも肉で作ると、こってりと仕上がります。
ティンガのソース
チポトレ・エン・アドボは、燻製した唐辛子チポトレを、トマトや玉ねぎ、にんにく、酢、スパイスの酸味のあるソース(アドボ)で煮た缶詰です。輸入食材店や通販で手に入ります。辛さは本数で調整します。使い残しは、ソースごと保存容器に移して冷蔵か冷凍にします。
トスターダと仕上げ
道具
- 鍋(直径20cm以上):鶏をゆでます
- 深めのフライパン(直径26cm):玉ねぎを炒めて、ソースを煮込みます
- ミキサーまたはハンドブレンダー:トマトをピューレにします(Amazon|楽天)
- フォーク2本:ゆでた鶏をほぐします
- 揚げ物用温度計(トルティーヤを揚げるとき)(Amazon|楽天)
作り方
鶏をゆでる
鍋に水、玉ねぎ、にんにく、ローリエ、塩を入れて沸かし、鶏むね肉を入れる。再び沸いたらアクを取り、ふつふつと静かに煮立つ弱火で15〜20分ゆでる。火を止め、ふたをしてゆで汁につけたまま15〜20分おく。いちばん厚いところを切って、中まで白くなっていれば火が通っている。
ほぐす
鶏を取り出し、フォーク2本で繊維に沿って細く裂く。ゆで汁は200mlほど取っておく。
トマトをピューレにする
トマトのへたを取ってざく切りにし、ミキサーでなめらかにする。
玉ねぎをじっくり炒める
フライパンにサラダ油を入れて中火で熱し、玉ねぎを入れて全体に油を回す。中火の弱めにして、ときどき混ぜながら10〜15分炒める。しんなりして透き通り、ところどころ薄く色づけば終わり。焦がさない。
チポトレを油で炒める
にんにくを加えて1分炒める。刻んだチポトレと缶のソースを加え、油となじませながら1分ほど炒める。チポトレは焦がすと苦くなるので、すぐ次へ進む。
ソースを煮る
トマトのピューレ、オレガノ、タイム、ローリエを加え、ときどき混ぜながら8〜10分煮る。はねるときは、ふたを少しずらしてのせる。色が濃い赤に変わり、とろりとすれば煮上がり。
鶏を煮込む
ほぐした鶏とゆで汁100mlを加えて混ぜ、弱めの中火で5〜10分煮る。汁けがほとんど鶏に吸われ、しっとりしているが水っぽくない状態にする。乾きすぎたら、ゆで汁を少しずつ足す。塩で味をととのえ、ローリエを取り出す。
クレマを作る
サワークリームに牛乳を少しずつ混ぜ、スプーンからとろりと流れる固さにする。
トスターダを用意する(市販品がないとき)
フライパンに油を1cmほど入れて170〜180℃に熱し、トルティーヤを1枚ずつ入れる。片面30秒〜1分ずつ揚げ、泡が小さくなって金色に固くなったら、網にのせて油をきる。少ない油で作るときは、トルティーヤの両面に油を薄く塗り、フライパンで弱めの中火で、へらで押さえながら片面3〜5分ずつ、全体がパリッとするまで焼く。
組み立てる
トスターダにリフライドビーンズを薄く塗り、ティンガをのせる。レタス、クレマ、フェタチーズの順にのせ、好みでアボカドを添える。トスターダが湿らないよう、食べる直前にのせる。
料理科学:チポトレの燻香と玉ねぎの甘み
チポトレは「燻した」ハラペーニョ
チポトレの名前は、アステカの言葉ナワトル語の「チルポクトリ(燻した唐辛子)」から来ています。作り方は、ハラペーニョを木につけたまま、濃い赤に熟して水分が抜けるまで置いてから収穫し、燻製室で数日かけて燻しながら乾かします。65〜75℃ほどの煙で、ペカンなどの木を主に使います。水分は88%から6%ほどまで減り、生のハラペーニョ約10ポンド(約4.5kg)から、チポトレが1ポンド(約450g)しかできません。
小さく赤紫色の「モリータ」と、大きく灰色がかった褐色の「メコ」の2種類があります。米国でよく出回るのはモリータです。メコは燻香が強く、主にメキシコ国内で使われ、地元の人に好まれています。
燻香の正体は、木から生まれるフェノール類
市販のチポトレの香りを分析した研究では、香りのもとが大きく3つに分けられました。1つめは、リナロールなど、熟したハラペーニョにもともとある香り。2つめは、燻製でついたフェノールや、グアイアコール、シリンゴールの仲間。3つめは、乾燥中のメイラード反応(糖とアミノ酸が反応して香ばしい香りや色ができる反応)などで生まれた香りです。
グアイアコールとシリンゴールは、木の細胞壁をつくる成分「リグニン」が、燻製の熱で分解してできる物質です。シリンゴールは燻製の食べ物の燻した香りの主役で、グアイアコールはウイスキーの燻したような風味や、焙煎したコーヒーの風味にも関わっています。メキシコの大学の研究では、燻製の煙によってチポトレにリグニン由来の単純なフェノール類が加わること、クルミ科の木(ノガル)の薪で燻すと品質によい影響があることも報告されています。
燻香は油に移る
グアイアコールは水にも少し溶けますが、水と油のどちらになじみやすいかを示す値(log P)は1.3ほどで、水よりも油の側に多く移る性質があります。唐辛子の辛味成分も同じで、砕いた唐辛子を油と水に浸して比べた実験では、油のほうに2倍以上の辛味成分が出てきました。
手順5で、チポトレを水分の多いトマトより先に、玉ねぎを炒めた油で炒めるのはこのためです。燻香と辛味が油に溶け出し、その油がソース全体に広がって、ほぐした鶏の細い繊維の一本一本にからみます。缶のソースを加えると、アドボの酸味やにんにくの香りも一緒に油になじみます。ただし、チポトレは加熱しすぎると苦くなります。炒めるのは1分ほどにとどめ、すぐにトマトを加えて温度を下げます。

ハラペーニョが燻製されるとチポトレに名前が変わるように、メキシコの唐辛子は生と乾燥で名前が変わります。名前の対応と、乾燥・燻製で風味が変わる理由はこちらでまとめています。
ハラペーニョがチポトレになる:生と乾燥で名前が変わるメキシコの唐辛子ハラペーニョはチポトレに、ポブラノはアンチョに。メキシコの唐辛子が生と乾燥で名前を変える理由と4つの組み合わせ、乾燥で色と香りが変わるメイラード反応、チポトレの煙の香りの正体、苦くしない焙煎と戻し方が分かります。
玉ねぎは、じっくり炒めると甘くなる
玉ねぎは約89%が水分で、糖を4%ほど含んでいます。それでも生の玉ねぎが甘く感じにくいのは、刺激の強い成分があるからです。玉ねぎを切ると細胞が壊れ、中の酵素アリイナーゼが働いて、目にしみる揮発性の物質ができます。
手順4で玉ねぎを中火の弱めで10〜15分炒めると、この揮発しやすい刺激成分が湯気と一緒に飛んでいきます。同時に水分が抜けて糖が濃くなり、もともとの甘みが前に出てきます。さらに温度が上がった部分では、糖とアミノ酸のメイラード反応や、糖そのものが分解するカラメル化が進み、香ばしさと茶色が加わります。
玉ねぎを飴色になるまで炒めるには30〜45分かかります。ティンガでは、しんなり透き通って、ところどころ薄く色づくくらいで止めます。たっぷりの玉ねぎの甘みが、チポトレの辛さとトマトの酸味のあいだをつなぎます。
炒めた玉ねぎに香ばしさと茶色を加えるメイラード反応とカラメル化は、こちらの記事で詳しく解説しています。
メイラード反応とカラメル化:焼き色と香りの正体焼いた肉や玉ねぎが茶色く香ばしくなる理由を、メイラード反応とカラメル化の違いから解説します。焼き色は表面が乾いてからつく仕組み、焦げとの境目、焼き付けで肉汁は閉じ込められない理由、BBQのバークの正体が分かります。
本場との違い
- チポトレ:本場の料理書には、乾燥したチポトレを戻して使うティンガもあります。家庭では、米国でいちばん一般的な形である缶詰のチポトレ・エン・アドボが手軽です。缶が手に入らないときは、チポトレの粉小さじ1/2〜1(Amazon)で燻香は出せますが、アドボの酸味がないので、酢を少し足します。
- トマト:パティ・ヒニッチのレシピでは、細長い調理用のローマトマトを使います。日本の普通の完熟トマトで作れます。トマトに味がないときは、ホールトマト缶1缶(400g)に替えます。
- オレガノ:本場ではメキシカン・オレガノを使います。この記事では、手に入りやすい普通のオレガノにしています。
- クレマとチーズ:本場では、メキシコのクリーム「クレマ」と、白いフレッシュチーズ「ケソ・フレスコ」をのせます。日本では手に入りにくいので、牛乳でゆるめたサワークリームと、フェタチーズで代用しています。フェタは塩けが強いので、少なめにのせます。
- トスターダ:トスターダには市販品もあり、トルティーヤチップスに近い味と食感です。日本では手に入りにくいので、市販のコーントルティーヤを揚げるか焼いて作ります。トスターダは、古くなったトルティーヤを揚げて使い切る知恵でもあり、少し乾いたトルティーヤでもおいしく作れます。
食べ方
トスターダは、平らなまま揚げたトルティーヤです。のせる具は、トスターダの上にとどまるくらいのペースト状であることが大事です。リフライドビーンズを先に塗るのは、ほぐした鶏をトスターダに貼りつける「のり」の役目もあるからです。
- トスターダで:端から少しずつかじります。割れやすいので、皿の上で食べるのがおすすめです。
- タコスで:温めたコーントルティーヤにのせ、アボカドと白いチーズ、シラントロ(パクチー)を添えます(Amazon|楽天)。
- サルサを添えて:酸味のあるサルサ・ベルデをかけると、燻した香りと甘みが引き締まります。アボカドの代わりにワカモレをのせてもおいしいです。
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保存
- ティンガ:保存容器に入れて冷蔵で3〜4日程度。温め直すときは、ゆで汁か水を少し足す。翌日のほうが味がなじみます
- 冷凍:小分けにして1か月程度。冷蔵庫で解凍してから温める
- 鶏のゆで汁:冷蔵で2〜3日程度。スープなどに使えます
- トスターダ:湿気ないよう、乾燥剤と一緒に密閉袋に入れて常温で保存。組み立てたものは、時間がたつとしけるのですぐに食べる
もっと知りたい人へ
燻製の香りや、玉ねぎの成分が加熱で変わる仕組みを詳しく知りたい人には、料理科学の定番の本があります。
マギー キッチンサイエンス(ハロルド・マギー『On Food and Cooking』の日本語版)(Amazon|楽天)
本場メキシコの家庭料理を、地方ごとの背景と一緒に学びたい人には、リック・ベイレスの本もおすすめです。
Rick Bayless's Mexican Kitchen(Amazon)
出典
- Wikipedia「Tinga (dish)」
- Wikipedia(スペイン語)「Tinga」
- El Mañana「¿Por qué se le llama tinga a las tostadas de la cena en la noche mexicana?」
- Rick Bayless「Chicken Tinga Tacos」
- Pati Jinich「Chicken Tinga」
- Wikipedia「Chipotle」
- Wikipedia「Tostada (tortilla)」
- Cadwallader ほか「Aroma Components of Chipotle Peppers」『Hispanic Foods: Chemistry and Flavor』ACS Symposium Series 946(2007年)
- THE FOOD TECH「Analizan compuestos bioactivos del chile chipotle」
- Wikipedia「Syringol」
- Wikipedia「Guaiacol」
- America's Test Kitchen「Blooming in Oil for Flavor」
- Wikipedia「Onion」
- Wikipedia「Syn-Propanethial-S-oxide」
- Wikipedia「Caramelization」
本文は上記の情報源を参考に、独自に再構成したものです。