
家庭のオーブンで作るコチニータ・ピビル
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コチニータ・ピビルは、メキシコ南東部のユカタン半島に伝わる豚肉の蒸し焼きです。アチョーテという赤い種のペーストと、酸っぱいオレンジの果汁に漬けた豚肉をバナナの葉で包み、何時間もかけて焼き上げます。ほろほろにほぐした鮮やかなオレンジ色の肉を、ハバネロ入りの赤玉ねぎのピクルスと一緒にトルティーヤで包んで食べます。
本場では地面に掘ったかまどで焼きますが、ダッチオーブンにバナナの葉を敷いてふたをすれば、家庭のオーブンでも同じように蒸し焼きにできます。
本場のコチニータ・ピビルとは
コチニータ(cochinita)はスペイン語で「子豚」という意味です。伝統的には、子豚を丸ごと1頭使って作ります。ピビル(pibil)は、ユカタン半島の先住民の言葉であるマヤ語から来ています。スペイン語とマヤ語が組み合わさった名前で、「ピブで焼いた子豚」という意味になります。
マヤの地中のかまど「ピブ」
ピブ(píib)は、ユカタン半島に伝わる地中のかまどです。地面に穴を掘り、薪と石を積んで燃やし、薪が炭になって石が十分に熱くなったら、その上に食材を置きます。食材はバナナの葉で包んだり、鍋に入れたりします。上に野生の葉をかぶせて蒸気を閉じこめ、最後に土をかけてふさぎます。鶏なら1時間半ほど、コチニータ・ピビルは長いと16時間ほどかけて、地中でゆっくり火を通します。
マヤ語の「-bil」は「〜された」という意味の語尾で、ピビルは「(ピブで)焼かれたもの」という意味になります。ピブで作る料理はコチニータだけではなく、鶏の「ポジョ・ピビル」や、カボチャ、トウモロコシ、タマル(トウモロコシの生地の包み蒸し)などもあります。
ピブは先スペイン期(スペインによる征服より前)の古い文書には描かれていませんが、スペインの料理にはなかった調理法で、征服以前から使われてきたと考えられています。文字で残る最も古い記録は、16世紀のマヤ語の辞書です。コチニータ・ピビルは、マヤの地中で蒸し焼きにする技と、16世紀にスペインの征服者が持ち込んだ食材が合わさって生まれた料理だといえます。
アチョーテとサワーオレンジ
コチニータ・ピビルの色と味を決めるのが、アチョーテとサワーオレンジです。
アチョーテ(achiote)は、メキシコからブラジルにかけての熱帯が原産の「ベニノキ」という木の種です。種の表面が赤いろう状の層に覆われていて、ここに色素が含まれています。このアチョーテの種を、にんにくやオレガノ、黒こしょう、クミン、クローブ、シナモンなどと一緒にすりつぶしたペーストを、ユカタンでは「レカド・ロホ(赤い調味料)」と呼びます。味は土っぽく、少し甘く、こしょうのような香りがあります。
サワーオレンジは、日本のダイダイ(橙)と同じ仲間の酸っぱいオレンジで、スペイン語では「ナランハ・アグリア」と呼ばれます。ユカタンのレシピでは必ずこの果汁を使います。手に入らない地域では、甘いオレンジの果汁にライムや酢を混ぜて、酸っぱさを近づけます。
焼き上がった肉は、黄色いトウモロコシのトルティーヤ、赤玉ねぎのピクルス、黒豆を煮て潰したフリホーレス、そしてハバネロを添えて食べるのが定番です。
コチニータ・ピビルのレシピ:材料(6人分)
豚肉とマリネ液
- 豚肩ロース(ブロック)(Amazon|楽天)1.5kg
- アチョーテペースト(楽天)海外からの取り寄せのため高価です100g
- オレンジ果汁(100%)100ml
- ライム汁100ml
- 酢(米酢または穀物酢)大さじ2(30ml)
- にんにく6片(30g)
- クミンパウダー(Amazon|楽天)小さじ1(2g)
- オレガノ(乾燥)(Amazon|楽天)小さじ1(1g)
- 粗挽き黒こしょう(Amazon|楽天)小さじ1/2(1g)
- オールスパイス(粉)(Amazon|楽天)小さじ1/2(1g)
- クローブ(ホール)(Amazon|楽天)2個
- シナモンスティック(Amazon|楽天)3cm
- 塩小さじ1と1/2(9g)
- ラード(Amazon|楽天)大さじ2(25g)
アチョーテペーストは、アチョーテの種をスパイスと一緒に練り固めたもので、メキシコ製のものが通販で手に入ります。製品によって塩が入っているので、塩は控えめにしています。
サワーオレンジは日本ではほとんど手に入らないので、オレンジ果汁とライム汁を半々に混ぜて代わりにします。少量の酢は、サワーオレンジの鋭い酸味に近づけるためです。
包む材料
バナナの葉は、日本ではタイ料理やフィリピン料理の食材として、冷凍品が通販で手に入ります。冷蔵庫で解凍してから使います。
セボージャ・エンクルティダ(赤玉ねぎのピクルス)
ハバネロは、ユカタン半島を代表する、とても辛い唐辛子です。辛さが苦手な人は量を減らすか、種のまわりの白いわたを取り除いてください。辛味成分のカプサイシンは、種そのものよりも白いわたに多く含まれています。ハバネロを切るときは、使い捨ての手袋をつけてください。
仕上げ
道具
作り方
前日:マリネ液を作る
クローブとシナモンスティックをミキサーで細かく砕く。アチョーテペースト、オレンジ果汁、ライム汁、酢、にんにく、クミン、オレガノ、黒こしょう、オールスパイス、塩を加え、なめらかになるまで1〜2分かける。
前日:豚肉を切って漬ける
豚肩ロースを5〜6cm角に切る。保存袋かガラスの容器に入れ、マリネ液を加えてよくもみ込む。冷蔵庫で4〜12時間漬ける。金属の容器は酸で傷むので避ける。
オーブンを予熱する
オーブンを160〜170℃に予熱する。
バナナの葉を温める
解凍したバナナの葉を水で洗って水けをふく。コンロの火に数秒ずつかざし、色が明るい緑になってしなやかになったら火から離す。ダッチオーブンの大きさに合わせて、はみ出すくらいに切る。
包む
ダッチオーブンにバナナの葉を十字に重ねて敷き、ふちから外に大きくはみ出させる。豚肉をマリネ液ごと入れ、ラードを小さくちぎって上に散らす。はみ出した葉を内側に折りたたんで肉を包み、残りの葉を上にかぶせてふたをする。
蒸し焼きにする
オーブンで3〜3時間半焼く。
ピクルスを作る
焼いている間に、赤玉ねぎを縦に2〜3mmの薄切りにしてボウルに入れ、熱湯を回しかけて10秒ほどおき、ざるにあげる。ハバネロを細かく刻み、玉ねぎ、オレンジ果汁、ライム汁、オレガノ、塩と混ぜる。玉ねぎが鮮やかなピンク色になるまで、30分以上おく。
焼き上がりを確かめる
葉を開き、肉にフォークを刺して、力を入れずにほぐれれば焼き上がり。かたいときは、葉を戻してふたをし、20〜30分ずつ追加で焼く。
ほぐす
バナナの葉を取り出し、肉をフォーク2本で粗くほぐす。鍋の底にたまったオレンジ色の汁と脂をからめ、味をみて塩でととのえる。
タコスにする
コーントルティーヤをフライパンで両面温め、肉をのせ、ピクルスとシラントロを添える。
料理科学:酸と色素はどこまで届くか
柑橘の酸が効くのは表面だけ
コチニータ・ピビルは、酸っぱい柑橘の果汁に肉を漬けこむ料理です。「酸に漬けると肉が柔らかくなる」とよく言われますが、酸が肉の中に入っていくのは、表面から数ミリほどです。アメリカの料理研究機関アメリカズ・テスト・キッチンの実験では、牛肉を赤ワインに18時間漬けても、色が染みたのは表面から1ミリ未満でした。
酸は、肉の結合組織であるコラーゲンを弱めます。ただしその効果は表面だけに限られます。長く漬けすぎると、表面だけがぼそぼそに崩れ、水分を保てなくなってかえってパサつきます。手順2で漬ける時間を4〜12時間にとどめているのはこのためです。
では、コチニータ・ピビルの肉がほろほろに柔らかくなるのはなぜでしょうか。理由は酸ではなく、長時間の加熱です。肉のコラーゲンは、肉の温度が60℃を超えたあたりからゼラチンに変わり始め、70〜80℃あたりを長く保つと、肉がほぐれるほど柔らかくなります。豚肩ロースはコラーゲンの多い部位なので、3時間ほどかけてじっくり加熱するのに向いています。
味や香りが表面にしか入らないなら、表面の面積を増やせばよいことになります。手順2で肉を5〜6cm角に切るのは、マリネ液に触れる面を増やすためです。焼き上がってほぐしたあと、鍋の汁とからめるのも、表面にしかついていない味を肉全体に行き渡らせるためです。

豚肩ロースのコラーゲンがゼラチンに変わる仕組みは、こちらの記事で詳しく解説しています。
コラーゲンとゼラチン:かたい肉がほろほろになるまでかたい牛すねやブリスケット、豚の肩肉が、長く加熱するとほろほろになるのはなぜか。コラーゲンが縮む温度とゼラチンに変わる温度と時間、しっとり感の正体、湿熱と乾熱、ストール、圧力鍋との違いが分かります。
アチョーテの色素ビキシンは油に溶ける
コチニータ・ピビルの鮮やかなオレンジ色は、アチョーテの種の表面に含まれる「ビキシン」という色素によるものです。ビキシンは、ニンジンやトマトの色素と同じ「カロテノイド」の仲間で、水には溶けにくく、油に溶ける性質を持っています。
ビキシンを化学的に処理すると「ノルビキシン」という水に溶ける色素に変わり、食品の着色料として使われます。油に溶ける形と水に溶ける形の両方があるのは、カロテノイドの中では珍しい性質です。アチョーテペーストに含まれる色素は、主に油に溶けるビキシンです。
手順5で肉の上にラードを散らすのは、この性質を生かすためです。焼いているあいだにラードと豚肉の脂が溶け出し、アチョーテの色素を溶かし込みます。焼き上がると、鍋の底に赤みがかったオレンジ色の脂がたまります。手順9でほぐした肉にこの脂をからめると、色と香りが肉全体に広がります。脂を捨ててしまうと、色も香りも一緒に捨てることになります。
同じ理由で、アチョーテの色がプラスチックのまな板や保存容器に移ると、水だけではなかなか落ちません。マリネにはガラスの容器や保存袋を使うと扱いやすくなります。
ふたをして蒸し焼きにする
ピブでは、食材を葉で包み、上から葉と土をかぶせて蒸気を閉じこめます。肉は乾いた熱ではなく、自分から出た水分とマリネ液の蒸気の中で、ゆっくり火が通ります。
家庭版では、ダッチオーブンの重いふたとバナナの葉がこの役目をします。蒸気が逃げにくいので、3時間以上焼いても肉の表面が乾きにくく、マリネ液も焦げつきにくくなります。手順4でバナナの葉を火にかざすのは、葉をしなやかにして、破れずに肉を包めるようにするためです。
本場との違い
- サワーオレンジ:本場ではサワーオレンジ(ナランハ・アグリア)の果汁を使います。日本では手に入りにくいので、オレンジ果汁とライム汁を半々に混ぜ、少量の酢を加えて代用しています。
- 肉:本場の伝統は子豚を丸ごと1頭使います。家庭版では、ユカタン半島の外でもよく使われる豚肩ロースにしています。
- かまど:本場はピブで地中に埋めて焼くので、薪や葉の香りがほのかに移ります。家庭版はオーブンで焼くため、この香りはつきません。
- レカド・ロホ:アチョーテの種をスパイスと一緒にすりつぶして作ることもできますが、ここでは市販のアチョーテペーストを使い、スパイスを足しています。
食べ方
- タコス:もっとも定番の食べ方です。温めたコーントルティーヤに肉をのせ、赤玉ねぎのピクルスをたっぷり添えます。
- 黒豆を添えて:黒豆を煮て潰したフリホーレスを添えると、本場の食堂のような一皿になります(Amazon|楽天)。
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保存
- 肉:汁ごと保存容器に入れ、冷蔵で2〜3日程度。温め直すときは、汁と一緒にふたをして弱火か電子レンジで温めます。
- 冷凍:汁ごと小分けにして冷凍で1か月程度
- 赤玉ねぎのピクルス:冷蔵で1週間程度
もっと知りたい人へ
マリネの効き方や肉のコラーゲンの変化など、食材の科学を詳しく知りたい人には、料理科学の定番の本があります。
マギー キッチンサイエンス(ハロルド・マギー『On Food and Cooking』の日本語版)(Amazon|楽天)
ユカタン料理を含むメキシコの地方料理を深く知りたい人には、リック・ベイレスの本もおすすめです。
Rick Bayless's Mexican Kitchen(Amazon)
出典
- Wikipedia「Cochinita pibil」
- Wikipedia「Píib」
- Wikipedia「Annatto」
- The Takeout「You've Probably Never Had Traditional Cochinita Pibil」
- Excélsior「Prepara una cochinita pibil desde cero: la receta tradicional yucateca」
- Rick Bayless「Cochinita Pibil on the Grill (for a Crowd)」
- Mama Maggie's Kitchen「Cochinita Pibil」
- DDW The Color House「Annatto: Bixin and Norbixin」
- America's Test Kitchen「Marinating Myths」
- America's Test Kitchen「How to Slow-Roast Tough Cuts of Meat to Fork-Tenderness」
本文は上記の情報源を参考に、独自に再構成したものです。